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更新日 2015-08-06 | 作成日 2007-09-15

Stories of The Rain

夢見るころを過ぎても

第二十九章 酒とロックと女の日々…「酒」

written by Akio Hosokai

4739fc93.jpg「こっくりさん」の名人がいた。無造作においた紙の上で、彼女が軽く指を乗せた十円玉が強い意志をもって動き回る。毎晩やっていたステージ終了後の宴会から、共同宿泊所であるプレハブ小屋に戻ってきた呂律の回らない言葉を聞いて、彼女は知りもしない事実を探り当てた。「あなたはバンドを辞めたいと思っている」…メンバーの某は告白した。大学のビッグバンドに所属していた某は、3年生になり責任も大きくなって、ロックバンドとの両立は難しくなっていた。「しょうがねえな。このライヴハウスの仕事が終わったら、よし、辞めていいよ。」和田も細貝も、あきらめざるを得なかった。

誰と誰がプレハブ小屋にいたのかも分からない。「こっくりさん」や「催眠術」がいつまで続いていたのかも分からない。いつ眠りについたのかも分からない。毎晩、毎晩、毎晩、度を越した酔いが、学生達の体と心を弄んでいた。

翌朝おそく目が覚めてプレハブ小屋から出ると、小屋の横の排水溝で、誰かが死んでいる。
いや、溜まった汚水を枕に死んだように眠っていた。「こっくりさん」の彼女を連れてきた奴だ。まだ高校生なのに、将来が楽しみだぜ。

「某がいない」…誰かがつぶやいた。一人で防波堤を散歩しているわけでもなかろうし、トイレや風呂場にもいない。昨夜のことがあったので少しは心配だ。違う日の出来事かも知れないが、俺のブヨブヨの海馬には連続したものとして存在している。プレハブ小屋に泊った連中で、捜索隊が組織された。

プレハブ小屋があった場所は「吉尾」という入り江で、防波堤に包まれた小さな漁港だ。湾の左右には断崖絶壁の岩場が広がっていた。石段を何十段も登りつめた丘の上に、何か得体の知れない「祠」があった。漁の安全を祈願するための「祠」だろうか?

丘の上から声がした。石段のフモトから見上げていたら、捜索隊といっしょに、某がよろよろ降りてきた。「祠」の横の地面で寝ていたらしい。朝方まで「こっくりさん」をやっていたし、ほぼ酩酊状態なのに、某はいつ「祠」まで登っていったのだろうか?
本人も覚えてないだろうし、一緒にいた連中にも分からない。こういう、どこかに記憶を置き忘れるほどの酒の経験を、どれほど多く積んでしまったことか…。

ここからの3章は、あの真夏のライヴハウス…酒とロックと女の日々…「酒編」「ロック編」「女編」に分けて、当時の日常生活の一部を記録しておく。それでなくても忘れっぽく、しかも40年以上も経過しているので、記憶が交錯している部分は、大目に見ておくれ。